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東京高等裁判所 昭和30年(ナ)26号 判決

原告 池田和夫

被告 長野県選挙管理委員会

主文

昭和三十年四月二十三日施行の長野県議会議員一般選挙における更級郡選挙区の当選の効力に関する原告の異議申立について、被告が同年九月十七日なした決定を取り消す。

右選挙における倉田一の当選は無効とする。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は、主文第一ないし第三項同旨の判決を求め、その請求の原因として左のとおり述べた。

一、原告は昭和三十年四月二十三日施行された長野県議会議員の一般選挙に際し同県更級郡選挙区において立候補した。同選挙区は議員定数三名で、右選挙に立候補したものは、西沢一男、村田厳、前島信臣、倉田一と原告の五名であり、開票の結果、選挙会において村田巖、前島信臣、倉田一の三名を当選人と決定し、同月二十六日その旨の告示がなされた。

二、同選挙会の発表によれば、最下位当選人倉田一の得票は、九、一二三票で、最上位で次点とされた原告の得票は九、一二二票であつた。

三、ところで同選挙区の別表第一欄掲記の開票管理者は、同第二欄のとおり記載してある同第三欄掲記の数の投票を無効と決定したのであるが、右第二欄掲記の記載は原告「池田和夫」を記載したものと確認できるので、原告の有効投票としその得票に加算せらるべきものであるから、原告の得票は九、一八六票となり、倉田一の得票九、一二三票より六三票多数となるので、倉田一の当選は無効とさるべきである。

四、よつて、原告は同年五月六日右当選の効力に関し被告に異議の申立をしたところ、被告は職権を以て調査した結果、

(1)、「池田一男」と記載した投票のあつた事実は認めるが、候補者中に「西沢一男」なるものがあるから、右投票は明かに氏名混記で当然無効である。

(2)、倉田一の開票録による得票九、一二三票は誤算であつて九、一二五票が正しく且同人の有効投票とされたものゝうち無効と判定する投票一票と、無効投票とされたものゝうち有効投票と判定する投票八票が存在するので、同人の得票は九、一三二票である。

(3)、原告の有効投票とされたものゝうち「池田一男」と記載した投票が、新に、稲荷山桑原町開票所に五票、村上村開票所に一票あつて、右(1)と同じ理由でこれを無効と判定し、無効投票とされたものゝうち原告の有効投票と判定する投票が九票(別表のうち、「いけだただお」、「小池和夫」「池田邦雄」と各記載した投票を計三票含む)存在するので、原告の得票は九、一二五票である。

(4)、従つて倉田一の得票は原告の得票よりも七票多いので当選の効力に影響を及ぼさない。

との理由で、昭和三十年九月十七日原告の異議の申立を棄却する旨の決定をなし、原告は同月二十日右決定書の交付を受けた。

五、右決定は、「池田一男」と記載した投票は候補者中に「西沢一男」なるものがあるので、氏名混記で無効であると判定しているが、原告は居村附近で通常「かずおさん」と呼称されているため、しばしば原告宛の郵便の宛名に「池田一男」と誤記され、また右選挙に関する新聞記事にも「池田一男」と誤記されたことがあるように、右投票も原告の氏名「池田和夫」を誤記したものである。そもそも原告の氏「池田」が正確に記載せられ、その下に候補者の名として原告の名「和夫」と同一の音を以て読みうる「一男」と記載せられ、不完全ではあるが、原告の名を表示したものと認められる場合、たまたまその名の記載が西沢一男なる候補者の名と合致していても、原告の氏と西沢候補者の名を混記したもの或は両者いずれ記載したか確認し難いものとして無効とすべきものでなく、原告に対する有効投票となすべきである。

六、而してその後調査の結果(当裁判所の検証の結果)によれば、「池田一男」と記載した投票は、

(イ)  川中島村開票所分  二二票

(ロ)  昭和村開票所分    八票

(ハ)  更北村開票所分   二一票

(ニ)  篠ノ井町開票所分   三票

(ホ)  塩崎村開票所分    九票

(ヘ)  村上村開票所分    一票

(ト)  稲荷山桑原町開票所分 五票

計         六九票

存在し、なお

(チ)  「いけだ一男」と記載した投票、塩崎村開票所分 一票

(リ)  「池田一男(かずを)」と記載した投票、同開票所分 一票

が存在することが判明し、右のうち(ヘ)の一票と(ト)の五票計六票は、当該開票所において原告の有効投票と判定されたものであるが、原告の異議申立に対する被告の決定において新に無効と決定されたものに該当するものである。

七、しかしながら、右六の(イ)ないし(リ)の合計七一票は、五に述べたとおりの理由によりすべて原告の有効投票と認められるべきものであるから、前記四の(3)に記載した原告の得票九、一二五票に右七一票を加算すれば、原告の得票は九、一九六票となり、倉田一の得票九、一三二票よりも六四票多い。従つて倉田一の当選は無効であつて、原告の異議申立に対してなした被告の決定は違法であるから請求の趣旨記載の判決を求める。

被告訴訟代理人は、原告の請求を棄却するとの判決を求め、答弁及び主張として左のとおり述べた。

一、原告主張の一、二及び四、六の事実並び三の事実のうち、原告主張のとおり別表第一欄掲記の開票管理者が同第二欄のとおり記載してある同第三欄掲記の数の投票を無効と決定した事実は認めるが、その余の事実は否認する。

二、原告は長野県更級郡選挙区内の川中島村、西沢一男はこれに隣接する篠ノ井町にそれぞれ住所を有し、昭和三十年四月二十三日施行の長野県議会議員選挙に当り立候補し、ともに有力候補者として当時一般の話題に上つたものである。

原告はその居村附近において」かずをさん」と呼称されていたと主張するが、西沢候補者もまた居町附近において「かずおさん」と呼称されているもので、「かずをさん」といえばすべて原告池田和夫であるということは当をえない。また原告は郵便物の宛名に池田一男と誤記されたこともあると主張するが、それを以て「池田一男」と記載した投票について、選挙人の意思が原告に投票するにあつたというのは全くの極論である。

三、原告は立候補届出に当り「池田和夫」として正当な届出を行い、選挙管理委員会等作成のすべての文書には「池田和夫」と明瞭に記載せられ且選挙運動用ポスターを始めあらゆる文書にそれが明記されて選挙運動を行つたものであり、殊に右選挙区内各町村選管理委員会は公職選挙法第百七十三条の規定に従つて公衆の見易い場所に縦四十七糎、横十三糎以上の木板や厚紙に各候補者の氏名を明確に記載してこれを掲示し、更に投票所内の投票記載場所毎に縦二十五糎以上横三十六糎以上の用紙に候補者氏名表を掲示し、選挙人が一見して各候補者の氏名が明瞭に判るようにしておいたのである。即ちその投票区の数は川中島村において四、昭和村五、更北村十一、篠ノ井町十四、塩崎村六、村上村五であつて、その各投票所において洩れなくこれを掲示したので、選挙人は投票に当つて、よくその氏名掲示及び投票記載場所の氏名表を見て投票を行つたのである。しかるにも拘らず、あえて「池田」の氏と「一男」の名を記載したことは、選挙人が何人に投票すべき決しかね、あえて混記してたものであつて、殊に記載された係争の投票は全体を通じて能筆であることからしても選挙に経験を有する相当の智識人のなした投票であるということができる。かゝる投票を誤記として有効とするのは、選挙の実体を害し民主的選挙育成の上にも大なる障害をもたらすもので失当たるを免れない。

四、「和夫」と「一男」は、いずれも社会通念上当然の字体であつて、投票記載に当り忘却するような文字でなく、無意識に記載されたものでないことは明瞭である。仮に「池田和夫」と記載しようとしてその名を忘れた場合は、投票記載場所の掲示を見れば直に判るのであり、また氏のみ記載しても当然に有効であり、或は仮名で名を書いてもよいわけであるにも拘らず、能筆で「池田一男」と記載されているのは、選挙人が故意に原告と西沢一男の両名に投票してその責を果そうとしたものにほかならない。従つて原告主張の投票はすべて公職選挙法第六十八条第一項第七号にいわゆる候補者の何人を記載したかを確認し難いものとして無効であるから原告の本訴請求は失当である。

(証拠省略)

理由

一、原告が昭和三十年四月二十三日施行された長野県議会議員の一般選挙に際し同県更級郡選挙区において立候補したこと、同選挙区の議員定数は三名で、右選挙区において立候補したものは、西沢一男、村田巖、前島信臣、倉田一と原告の五名であり、開票の結果選挙会において村田巖、前島信臣、倉田一の三名が当選人と決定せられ同月二十六日その旨の告示がなされたこと、同選挙会の発表によれば最下位当選人倉田一の得票は九、一二三票、最上位次点者たる原告の得票は九、一二二票であつたこと、原告が同年五月六日右当選の効力に関し被告に異議の申立をなしたところ、被告は調査の結果、

(1)、「池田一男」と記載した投票は、他に西沢一男なる候補者が存在するので、氏名混記で無効である。

(2)、倉田一の開票録による得票九、一二三票は誤算であつて、九、一二五票が正しく且同人の有効投票とされたものゝうち、無効と判定すべき投票一票と、無効投票とされたもののうち有効投票と判定すべき投票八票が存在するので、同人の得票は九、一三二票である。

(3)、原告の有効投票とされたものゝうち、「池田一男」と記載した投票が、稲荷山桑原町開票所分五票、村上村開票所分一票存在し、これを無効と判定し、また無効投票とされたものゝうち、原告の有効投票と判定すべき投票が九票(別表のうち、「いけだただお」、「小池和夫」、「池田邦雄」と各記載した投票計三票を含む)存在するので、原告の得票は九、一二五票である。

(4)、従つて倉田一の得票は原告の得票よりも七票多いので当選の効力に影響を及ぼさない。

との理由で、昭和三十年九月十七日原告の異議の申立を棄却する旨の決定をなし、原告が同月二十日右決定書の交付を受けたことは、いずれも当事者間に争がない。

二、よつて係争の投票が原告に対する有効投票と認められるか否かについて以下判断を加える。

(一)、原告の異議申立に対して被告のなした前記決定において無効と判定された投票のうちに、「池田一男」と記載した投票が、

(イ)  川中島村開票所分  二二票

(ロ)  昭和村開票所分    八票

(ハ)  更北村開票所分   二一票

(ニ)  篠ノ井町開票所分   三票

(ホ)  塩崎村開票所分    九票

(ヘ)  村上村開票所分    一票

(ト)  稲荷山桑原町開票所分 五票

計         六九票

(チ)  「いけだ一男」とした投票塩崎村開票所分 一票

(リ)  「池田一男(かずを)」と記載した投票同開票所分 一票

以上合計七一票

が存在することは当事者間に争がない。

(二)、投票の効力決定に当つては、氏名が不正確に記載されていても、公職選挙法第六十八条の規定に反しない限りにおいて、その投票した選挙人の意思が明白であれば、その投票を有効とするようにしなければならない(同法第六十七条参照)。そうして、甲候補者の氏と乙候補者の名を記載した投票が有効であるかは、具体的条件を離れて抽象的に決定することはできないのであつて、各場合について投票に記載された氏名の具体的表示力を考え、氏名を一体的に観察して判断しなければならないのであるが、甲候補者の氏と乙候補者の氏が近似性を有するのみならず、名も相互の間に近似性が認められる場合、甲候補者の氏と乙候補者の名を記載した投票は、甲乙の氏名を混記したもの又は候補者の何人を記載したかを確認し難いものとして無効としなければならないであろう。例えば、候補者一木二郎と候補者二木一郎とあるとき一木一郎又は二木二郎と記載した投票は右の場合に当るものとして無効と解せられる。しかしながら、甲候補者の氏と乙候補者の氏が何等近似性がなく、その名において近似性を有する場合に、甲候補者の氏が正確に記載せられ、その下に記載せられた名が不正確ではあるが、甲候補者の名を表示しているものと認められるときは、たまたまその名が乙候補者の名と一致していても、他に特段の事情のない限り、甲候補者の氏と乙候補者の名を混記したもの又は甲乙候補者のいずれを記載したものか確認し難いものとして無効とすべきでなく、甲候補者のための有効投票と解するのを相当とする。

(三)、本件についてこれをみるに、原告池田和男の氏「池田」と候補者西沢一男の氏「西沢」とは何等近似性がなく、相互の間にこれを誤記することは通常考えられないところであるが、その名「和夫」と「一男」は文字は全く異るにかゝわらず、同じく「かずお」と発音せられるのであつて、しかもいずれも特徴のある名と異り、世上よく用いられるいわば社会的使用度の高い名であるから、親族知己等特別の間柄にある者でない限り、「和夫」を「一男」と誤記することのありうることは経験則に照して容易に推認しうるところであつて成立に争のない甲第二号証の一ないし三によつて明かなとおり、本件選挙に関する一部の新聞記事中に原告の氏名「池田和夫」を誤つて「池田一男」と表示して報ぜられた事実もこの間の消息を物語つているものと考えられる。従つて原告の名「和夫」と西沢候補者の名「一男」は近似性を有するもので、「池田一男」と記載した投票は、名は西沢候補者の名と一致しているにかゝわらず、原告の氏の下に不正確ではあるが、原告の名「和夫」の当て字又はこれを誤記したものとして原告の名を表示しているものと認められるから、「池田一男」なる氏名を一体として観察するときは原告「池田和夫」を指示しているものと考えられる。

(四)、被告は、原告は選挙運動用ポスターその他の文書に「池田和夫」と明記して運挙運動を行い、また関係選挙管理委員会は公職選挙法の命ずるとおり、公衆の見易い場所に各候補者の氏名を明確に記載して掲示し、更に投票記載場所毎に候補者氏名表を正確に掲示し、選挙人が一見して候補者の氏名が明瞭に判るようにしておいたもので、選挙人は投票に当りこれら掲示や氏名表を見て投票したもので、しかも「池田」の氏と「一男」の名を記載したのは、選挙人が何人に投票すべきか決してかね、あえて混記したものであると主張する。ところで原告が被告主張のとおり関係文書に原告の氏名を正確に記載して選挙運動を行つたこと、選挙人が一見して候補者の氏名が正確に判るように被告主張のとおりの候補者氏名表の掲示等がなされたことは、いずれも原告において明かに争わないからこれを自白したものとみなす。しかしながら、すべての選挙人が投票に当つてこれらの掲示等をよく見て投票の記載をするものとは限らないし、また見たとしてもなお誤記ということはありうるのであるから、被告の右主張は直ちには採用することができない。

(五)、なお被告は、係争の投票は能筆で記載されており、このことは、選挙人が故意に原告と西沢一男の両名に投票してその責を果そうとしたものであると主張する。なるほど検証の結果によると、係争の投票の大部分は、達筆とまではいえないにしても、明瞭且整然と比較的に能く書かれていることが認められるけれども、このことから直ちにその選挙人が故意に原告と西沢候補者の両名に投票して両名に対する義理や責任を果したものと断定することはできない。

(六)、その他被告の全立証を以てしても、前認定を覆し「池田一男」と記載した投票を無効と認めるべき特段の事情の存在することを肯認するに足りない。

(七)、してみれば、前記(イ)ないし(ト)の投票六九票は原告の有効投票としてその得票に加算せらるべきものであり前記(チ)の「いけだ一男」と記載した投票一票は、単に原告の氏を平仮名で表示したにすぎないものであるから、右と同様の理由により原告の有効投票と認めなければならない。また前記(リ)の「池田一男(かずを)」と記載した投票一票は、その名に振仮名を施したにすぎないものでもとより他事記載に当らないから、これまた前同様の理由によつて原告に対する有効投票と認めなければならない。

三、そうすると、さきに決定された原告の前記得票九、一二五票に、右(イ)ないし(リ)の合計七一票を加算すれば、原告の得票は九、一九六票となり、当事者間争のない倉田一の得票九、一三二票よりも六四票多いのであるから、原告を当選人とすべきであるのに、選挙会において倉田一を当選人と決定したのは違法である。よつて原告の異議の申立を棄却した被告の決定は失当としてこれを取り消し、倉田一の当選は無効とすべきものと認め訴訟費用の負担について民事訴訟法第八十九条を適用し主文のとおり判決する。

(裁判官 浜田潔夫 仁井田秀穂 伊藤顕信)

(別紙省略)

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